〜3/10

ちょっと更新の間があいた。書きたいことたくさんあった気がするけどあんまり思い出せないので記憶を振り絞って箇条書きします。あとブログの名前を変えてみた。この地図は孤の地図。

 

・今日は近所の写真屋に就活用の写真を撮りに行った。老夫婦が営んでいて、プロフェッショナルに出たことあるような有名なところらしい。私の前が春に中学生になる子どもで、おばあさんが場を和ませながらおじいさんが写真を撮るその音とか声を聞くだけでなんか泣きそうでずっと深呼吸してた。自分の番はサクッと終わって、就活頑張ってねと励ましてくれてそれはもうまっすぐに響いて胸が締めつけられた。

 

・「No War 0305」のカネコアヤノの演奏をYouTubeで観た。「爛漫」「抱擁」「明け方」の三つをやったというツイートを見かけただけでこみあげるものがあってしばらく聞けずにいたけど、やっぱりすごかった。抱擁、こんなに心の奥まで染み渡るのは初めてだった。変わらないままそこにあるのに、世の中の状況とか自分の心次第で響きかたを変える、歌ってあまりに饒舌すぎると思って怖くなった。

 

・不安になるような報道をテレビで目にするとき、説明できないけど、なぜか、本「ショートショートの広場1」の「海」を思い出す。初めて読んだときは多分小学生だったからモヤっとした違和感がただあったけど、時間が経って読み返すほどに凄まじさを感じる。一生忘れない話。海の他にも「読むな」「花火」も大好き。「花火」は実写化するならキャストは空気階段以外ありえないな。配役は言わずもがな。

 

星野源「宴会 鳳凰編」普段やらない曲のオンパレードでありがたかった。「エピソード」「そしたら」「Nothing」あたりやばかった。「ミスユー」をいつかライブで聴いてみたいってもう何年も思い続けている、これは叶ったら嬉しいし叶わなくてもドキドキが持続するから大丈夫って類の夢。あと前々回のANN(3/2)で「忘れられない放送」の話をしていて、私にとってのそれは三つあって、「渋谷すばるのスバラジ 2018/6/30」「空気階段の踊り場『駆け抜けてもぐら』2019/4/5」「星野源ANN 『寺坂直毅スペシャル』 2018/5/23」なのだという話だけでいつかこのブログで一つ記事書きたい。三つ目の寺ちゃんSPは未だに聞くたび新鮮に救われる、お守りみたいな回だ。

 

・「奇奇怪怪明解事典」の良さにやっと気づいて作業中ずっと流してる。これは!となる瞬間たくさんあるけど最近聴いていた中では"俳優(とか)の「〜せていただいてます」って言い方なんなの?"っていう話はもうめちゃくちゃわかると思った。自分が普段考えていることについて、自分で言葉にするんじゃなくて、他人に今一度言葉にしてもらうことでやっと浮かばれる感覚ってあるな。だからやっぱり人との対話がたいせつ。

玉置さんといえばMIZのこの写真が良すぎる。見た瞬間心奪われた。

 
 
 
 
 
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最近は奇奇怪怪明解事典とけみおの耳そうじクラブとoverthesunを流すことが多く、専らPodcast。CMがないと聴きやすくてついそうなってしまう。けみおのPodcastはリニューアルして、ゲスト回の合間に一人喋りの回が挟まれるようになったのがかなり嬉しい。個人的に、昔からラジオで喋り倒して欲しいとは思ってたけど、AMのラジオ局のスタジオで話すけみおは想像つかなくて、TBSでもニッポン放送でもないな...とか妄想していたことがあったから、Podcastなんてぴったりの媒体だ。

 

・相変わらず自己嫌悪的な感覚はあるけど、最近はくよくよするたびに「でも!それは!私の存在を否定する理由にはならない!」って心の中で叫ぶ、そこまでがセット。なんか小さい人間が手を後ろに組んでのけぞって叫んでる姿を想像してもらえれば。だって本当にそうじゃない?できないことは山のようにあるけど、自覚して、治そうとしてみたりそれでもなお克服できなかったり全力で諦めたりやっぱり諦められなかったりもうその状態が健気でかわいすぎ。泣ける。あたしはあんたのそういうとこちゃんと知ってるよ。

そもそも人生の中でこの時期なんかは悩むに決まっていて、私以外の同世代の人間もみんな悩んでいる。悩むこと自体は別になんら特技でもないし誇ることでもないって思い知らされるのはショックも多少あるけどもはや清々しいことだ。「独り占めしてたはずの不眠症が私だけのものじゃなくて落胆した(欅坂46「角を曲がる」)」の段階を超えて、昼夜逆転がいきすぎて朝型になるみたいな地点にいるのが今の私。

 

・私を生かすもののなかで、ひときわ大きな割合を占めているのは「言葉」なのだという自覚がこのブログを始めてからより一層強くなっている。その他の細やかなものも、川が海につながるように、巡り巡って「言葉」に帰結する。そういう話がもっとしたいから「言葉」がテーマの制作がしてみたい。どんな風にかはなかなか想像がつかないけれど。ただ考えている。

 

言葉がなかったら

言葉がなかったら

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